エンバーミングは美しい技術だけれど、醜い九相図も直視してみては?

近年の葬儀現場では、グリーフケアが重要視されるようになったためか、エンバーミング※という技術が重宝されています。

エンバーミング後の仕上がりは、こんな感じでキレイです。

※ エンバーミング Embalming

故人に消毒と防腐処理、化粧を施すことで、キレイな状態でゆっくりとお別れできる時間を生み出す措置。通常は2~4週間が保存期間だが、その気になれば半永久的に遺体を保つことも可能。(その場合は要メンテ)
これらの技術者はエンバーマーと呼ばれる。

一方で、仏教絵画には九相図クソウズと呼ばれる作品があります。

それは死者が腐敗して朽ち果てていく様子を、真正面から描いた代物です。こんな感じでグロいです。

なぜこんな悪趣味なものをご紹介するか?というと、、

実はエンバーミングと九相図は、見た目こそ対照的ながら、伝えたいメッセージは同じだからです。それは、

私たちに、死をより深く理解してもらうことです。

とどのつまり、現代人のグリーフケアのためには、エンバーミングの普及よりも、デス・エデュケーションの普及がより本質的だということです。そいつを文化に組み込めれば、次の世代へ向けたグリーフケアとして、永続的な効果を期待できます。

先人たちが九相図を残した目的はそこにあります。当記事では、現代のエンバーミングと対比させる形で、九相図の意義をご紹介していきます。

エンバーミングの価値は、死者を美しくすること

最近流行りのエンバーミング、この技術がなかった頃は、遺体の保存期間はせいぜい10日程でした。ドライアイスや冷蔵庫で保存したとしても、徐々に腐敗が進むことは免れないからです。

かといって即座に火葬をすると、遺族は故人が亡くなった実感がわかず、心の整理がつかないまま苦しんでしまう、という課題がありました。

そこでエンバーミングの出番です。

キレイで腐らない故人をご遺族の自宅に届けし、ゆっくりと心の整理をして頂けるという、素晴らしい技術です。だって型通りの葬儀をしただけでは、ご遺族の心に響きませんものね。

エンバーミング後の故人はとってもキレイです。

「きれいな顔してるだろ。ウソみたいだろ。死んでるんだぜ。それで。」

と上杉達也が言うように(あれはエンバーしてないけど)、多くのご遺族は対面時に「おー!キレイになったねー!」と歓声をあげます。

故人の見栄えをよくして見送ってあげたい、というご遺族のご意向は、とても自然なものと言えるでしょう。

但し、上杉和也のように若くして亡くなった場合では、キレイ過ぎる顔だと逆に戸惑うかもしれません。死んだ実感が沸かず、顔を見るほどに感情が掻き回されてしまうリスクもあります。

となると、キレイな死に顔とそうでない死に顔、結局どっちがいいのでしょうか?

死に顔と遺族の悲しみは、必ずしもリンクするものなのでしょうか?

九相図の価値は、死者の醜さを直視すること

そこで九相図の出番です。

九相図(くそうず)

屋外にうち捨てられた死体が朽ちていく経過を九段階にわけて描いた仏教絵画である。名前の通り、死体の変遷を九の場面にわけて描くもので、死後まもないものに始まり、次第に腐っていき血や肉と化し、獣や鳥に食い荒らされ、九つ目にはばらばらの白骨ないし埋葬された様子が描かれる。 wikiより引用

、、こんなの誰が見たがるんだよ。

と感じた貴方、その嫌悪感を乗り越えてみなはれ。

これが死の自然なあり方です。古今東西、今昔、ずっと変わっていません。

世の中には鳥葬と呼ばれる葬儀スタイルがあり、この絵のように、人を獣に食べさせて供養する方法すらあります。(50年ほど前までは、沖縄でも普通にやってました。)

更に、私たちはお肉を食べるのが大好きです。絵画に描かれている鳥や獣のように、死骸をバクバク食べて生きています。

だというのに、死の現実を直視しないで、遺体がキレイじゃないと嫌だ!

などと言うのは、虫が良すぎやしませんか?

九相図のモデルは絶世の美女

九相図のグロい絵のモデルの一人に、檀林皇后(786年- 850年)がいらっしゃいます。

信じられますか?あのグロい遺体の絵は、ロイヤル・ファミリーの人物だったのです。

彼女は日本の第52代天皇・嵯峨天皇の皇后であり、絶世の美女として評判だったそうです。

皇后と言えば、現在(2020/1/17時点)で言えば雅子様に当たります。そして雅子様の夫である天皇陛下の、直系のご先祖でもあるお方です。

そんな檀林皇后は仏教がお好きだったようで、自分の死後の身体が腐る様子を描くように、と自らの意思で画家に命じました。その理由は、

自分の体を餌として与えて鳥や獣の飢を救うため、または、この世のあらゆるものは移り変わり永遠なるものは一つも無いという「諸行無常」の真理を自らの身をもって示して、人々の心に菩提心(覚りを求める心)を呼び起こすため。

要するに、

私たちに死を深く理解してもらうためです。

もし夜のニュースで、雅子さまや吉永小百合さんが

「私が死んだら遺体は炉端に捨てて、腐っていく様を絵に書いて後世に残しなさい!」

なんて発言したら、ぶったまげるでしょう?

それを現実にやってのけた檀林皇后。

全ては後世のために。

、、尊敬せずにはいられません。

それに比べて、現代人のグリーフケアとはなんなのか、、。

グリーフケアの本質は、甘えてきた過去のツケ

死別は現在よりも昔のほうが多かった筈です。

病気は直せず、平均寿命も短く、戦争も多かった。つまりガンガン人が死んだ。

なのになぜ、より死への対策が進んだ現代になって、急にグリーフケアが叫ばれだしたのか?

それは単に、現代人が死を見つめなくなったからです。

ケアが必要になったのではなく、死の教育が衰退したからです。

厳しい言い方をすれば、不自然な便利さに甘えてきたからではないでしょうか?

何不自由なく暮らせるようになった結果、私たちは大切なものを見失ってしまったようです。

檀林皇后はそれを見越して、九相図を残させたのかもしれません。

グリーフケアは予防が大事

誰だって急に身内が死ねば、悲しみに沈むのは当然です。

ましては、死についてほとんど考えたことがないようでは、輪をかけて当然です。

それはプールに浸かったことがない人を、いきなり北極の海に突き落とすようなもの。そりゃあ溺れますよ。

だから泳ぐ訓練が必要です。

遅かれ早かれ、誰もが泳ぐ必要に迫られることはわかっているのですから。

エンバーミングは、急にやってきた死のショックを和らげるための対症療法です。

対して九相図は、いつ訪れるかわからない死のショックへの予防接種です。

死を隠して、なるべく見ないようにするエンバーミング。

死を隠さず、まっすぐ見つめるように促す九相図。

現代人に不足しているのは、明らかに九相図の方です。

エンバーミングだけでは、肥満という現代病に脂肪吸引だけで対処して、食事療法を一切しないようなものです。

ちゃんと運動してカロリーも抑えなきゃ、、ダメなことは明らかです。

死体の見た目よりも大切なもの

ちなみに冒頭のこの写真は、聖ベルナデッタという修道女さんです。

キリスト教徒の間では有名人で、信仰が起こした奇跡により、死後も腐敗を免れているという遺体が、今も残っています。

いわば神によるエンバーミングですね。本当か知らないけど。

こちらはジェレミー・ベンサム氏です。

功利主義の提唱者であり、歴史に名を残す大学者です。

お分かりでしょうか?

足元に生首が転がっています。

(なのに不思議と笑えるのは、彼の人徳でしょうか)

全てはご本人の遺言に従った結果です。

「自分の遺体を科学と公開解剖のために検体してほしい。そしてその遺体に服を着せ、杖を持たせ、椅子に座った状態でロンドン大学のキャビネットに展示するように」   by ベンサム

がしかし、当時の保存技術ではこれが限界でした。

身体は服で誤魔化せたものの、顔だけはどうしようもありません、仕方なく頭部だけは模型に差し替え、本物の首は足元に置くことにしました。

そして彼の希望通り、ロンドン大学に展示されたのはいいのですが、、

案の定学生たちにイタズラされまくり、何度も盗まれてフットボールの練習道具にされるなど、熱い弔いを受けたようです。

ロンドン大学以外でも、様々な場面で彼の遺体は愛されています。世界中で放送されたハーバード白熱教室でも、マイケル・サンデルがベンサムの生首をネタにしていました。

大学者でありつつ、死後200年に渡り笑いを取り続けるベンサムを、私は深く尊敬しています。

結局の所、本当に大切なのは、遺体の見た目ではなく、死をきちんと理解することです。

私達が死について、深く考えを巡らすことです。

世界中のエンバーマーたちも、檀林皇后もベルナデッタもベンサムも、きっとそれを望んでいることでしょう。

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