エンバーミングの価値は、醜い九相図と見比べると理解しやすい

エンバーミングとは何か?を知りたいなら、

九相図クソウズと呼ばれる仏教絵画を知っておくと、とっても理解がはかどります。

故人の見送りや遺族のグリーフケアに役立つ知識だというのに、葬儀業者さんは教えてくれなさそうなお話です。写真を交えてご紹介していきます。

エンバーミングとは?

エンバーミング後の仕上がりは、こんな感じでキレイです。

※ エンバーミング Embalming

故人に消毒と防腐処理、化粧を施すことで、キレイな状態でゆっくりとお別れできる時間を生み出す措置。通常は2~4週間が保存期間だが、その気になれば半永久的に遺体を保つことも可能。(その場合は要メンテ)
これらの技術者はエンバーマーと呼ばれる。

一方で、仏教絵画には九相図クソウズと呼ばれる作品があります。

九相図(くそうず)

屋外にうち捨てられた死体が朽ちていく経過を九段階にわけて描いた仏教絵画である。名前の通り、死体の変遷を九の場面にわけて描くもので、死後まもないものに始まり、次第に腐っていき血や肉と化し、獣や鳥に食い荒らされ、九つ目にはばらばらの白骨ないし埋葬された様子が描かれる。 wikiより引用

九相図の仕上がりは、こんな感じでグロいです。

なぜこんな悪趣味なものをご紹介するか?というと、、

実はエンバーミングと九相図は、見た目こそ対照的ながら、伝えたいメッセージは同じだからです。それは、

私たちに、死をより深く理解してもらうこと。

現代人のグリーフケアのためには、エンバーミングの普及よりも、デス・エデュケーションの普及がより本質的かもしれません。そいつを文化に組み込めれば、次の世代へ向けたグリーフケアとして、永続的な効果を期待できます。

先人たちが九相図を残した理由も、まさにそこにあります。

死者もキレイでいなくっちゃ

時は昔、エンバーミング技術がなかった時代には、遺体の保存期間はせいぜい10日~2週間でした。ドライアイスや冷蔵庫で保存したとしても、徐々に腐敗が進むことは免れません。

かといって即座に火葬をすると、遺族は故人が亡くなった実感がわかず、心の整理がつかないまま苦しんでしまう、という課題がありました。

そこでエンバーミングの出番です。

キレイで腐らない故人をご遺族の自宅にお届けし、ゆっくりと心の整理をして頂けるという、素晴らしい技術です。だって型通りの葬儀をしただけでは、ご遺族の心に響きませんもんね。

エンバーミング後の故人は、とってもキレイです。

「きれいな顔してるだろ。ウソみたいだろ?死んでるんだぜ。それで。」

と上杉達也が言うように(あれはエンバーしてないけど)、多くのご遺族は対面時に「おー!キレイになったねー!」と歓声をあげます。

故人の見栄えを良くして見送ってあげたい、というご遺族のご意向は、とても自然なものと言えるでしょう。

但し、上杉和也のように若くして亡くなった場合では、キレイ過ぎる顔だと逆に戸惑うかもしれません。亡くなった実感が沸かず、顔を見るほどに感情が掻き回されるリスクもあります。

となると、キレイな死に顔そうでない死に顔、結局どっちがいいのでしょうか?

死に顔と遺族の悲しみは、必ずしもリンクするものなのでしょうか?

九相図はあるがままを直視する

そこで九相図の出番です。

、、こんなの誰が見たがるんだよ。

と感じた貴方、その嫌悪感を乗り越えてみなはれ。

これが死の自然なあり方です。

古今東西、今昔、ずっと変わっていません。

人間以外の野生動物は全て、こうやって死んでいきます。

地球に生命が誕生して38億年、ずっと変わっていません。

世の中には鳥葬と呼ばれる葬儀スタイルがあり、この絵のように、ヒトを獣に食べさせて供養する方法すらあります。(50年ほど前までは、沖縄でも普通にやってました。)

更に、私たちはお肉を食べるのが大好きです。絵画に描かれている鳥や獣のように、死骸をバクバク食べて生きています。

だというのに、死の現実を直視しないで「遺体がキレイじゃないと嫌だ!」だなんて、虫が良すぎやしませんか?

九相図のモデルは絶世の美女

九相図のモデルとなった人物は多く、その一人に檀林皇后(786年- 850年)がいらっしゃいます。

・・・そう、皇后です。

信じられますか?

あのグロい遺体の絵は、ロイヤル・ファミリーの人物だったのです。

彼女は日本の第52代天皇・嵯峨天皇の皇后であり、絶世の美女として評判だったそうです。

皇后と言えば、現在(2020/1/17時点)で言えば雅子様に当たります。そして雅子様の夫である天皇陛下の、直系のご先祖でもあるお方です。

檀林皇后は仏教がお好きだったようで、自分の死後の身体が腐る様子を描くように、と自らの意思で画家に命じました。

その意図は、、

自分の体を餌として与えて鳥や獣の飢を救うため、または、この世のあらゆるものは移り変わり永遠なるものは一つも無いという「諸行無常」の真理を自らの身をもって示して、人々の心に菩提心(覚りを求める心)を呼び起こすため。

要するに、

私たちに、死を深く理解してもらうためです。

仮に夜のニュースで、雅子さまや吉永小百合さんが

「私が死んだら遺体は炉端に捨てて、腐っていく様を絵に書いて後世に残しなさい!」

なんて発言したら、ぶったまげるでしょう?

それを現実にやってのけた檀林皇后。

全ては後世のために。

なんてカッコいい先人でしょうか。尊敬せずにはいられません。

それに比べて、現代人のグリーフケアとはなんなのか、、。

グリーフケアの本質は、甘えてきた過去のツケ

死別は現在よりも、昔のほうが多かった筈です。

子どもはすぐ夭折し、病気は治せず、平均寿命も短く、戦争も多く、ガンガン人が死にました。

なのになぜ、より死への対策が進んだ現代になって、急にグリーフケアが叫ばれだしたのか?

それは単に、現代人が死を見つめなくなったからです。

ケアが必要性が認識されたのではなく、死の教育が衰退したからです。

厳しい言い方をすれば、不自然な快適さに甘えてきたからです。

何不自由なく暮らせるようになった結果、私たちは大切なものを見失いました。

檀林皇后はそれを見越して、九相図を残させたのかもしれません。

対症療法より予防が大事

誰だって急に身内が死ねば、悲しみに沈むのは当然です。

まして、死についてほとんど考えたことがないようでは、輪をかけて当然です。

それはプールに浸かったことがない人を、いきなり北極の海に突き落とすようなもの。そりゃあ溺れます。

だから前もって、泳ぐ訓練をしなければ。

遅かれ早かれ、誰もが泳ぐ必要に迫られるのですから。

死別のショックを和らげる(グリーフケア)という同じ目的に対して、エンバーミングは対症療法であり、九相図は予防接種といえます。

1.死を隠して、なるべく見ないようにするエンバーミング。

2.死を隠さず、まっすぐ見つめるように促す九相図。

現代人に不足しているのは、明らかに後者ではないでしょうか。

エンバーミングだけでは、メタボ腹に脂肪吸引だけで対処して、食事療法を一切しないようなものです。

ちゃんと運動して、カロリーも抑えなきゃダメだろうがよ。

尤も葬儀業者は、なるべくエンバー(だけ)をさせたがります。儲かるからな!ウヒヒ!

死体の見た目よりも大切なもの

ちなみに、冒頭のこの写真は、聖ベルナデッタという修道女さんです。

キリスト教徒の間では有名人で、信仰が起こした奇跡により、死後も腐敗を免れているという遺体が今も残っています。

いわば神によるエンバーミングですね。本当か知らんけど。

そして、こちらはジェレミー・ベンサム氏です。

功利主義の提唱者であり、歴史に名を残す大学者です。

・・お分かりでしょうか?

足元に生首が転がっています。

(なのに不思議と笑えるのは彼の人徳)

全ては遺言に従った結果です。

「自分の遺体を科学と公開解剖のために検体してほしい。そしてその遺体に服を着せ、杖を持たせ、椅子に座った状態でロンドン大学のキャビネットに展示するように」   by ベンサム

がしかし、当時のエンバーミング技術ではこれが限界でした。

身体は服で誤魔化せたものの、顔だけはどうしようもありません、仕方なく頭部は模型に差し替え、本物の生首は足元に置くことにしました。

そして彼の希望通り、ロンドン大学に展示されたのはいいのですが、、

案の定学生たちにイタズラされまくり、何度も盗まれてはフットボールの練習道具にされるなど、熱い弔いを受けたようです。

ロンドン大学以外でも、様々な場面で彼の遺体は愛されています。

世界中で放送されたハーバード白熱教室でも、マイケル・サンデルがベンサムの生首をネタにしていました。

偉大な学者でありながら、死後200年に渡って笑いを取り続けるベンサムを、私は深く尊敬しています。

先人たちの遺産には、共通のメッセージが込められています。

本当に大切なのは遺体の見た目ではなく、死をきちんと理解することです。私達が死について、深く考えを巡らすことです。

世界中のエンバーマーたちも、檀林皇后もベルナデッタもベンサムも、きっとそれを望んでいることでしょう。

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