大好きだったテディ・ベアに魂が宿るメカニズム

愛用していた道具を捨てるとき、躊躇いを感じたことはありませんか?

特に人形やぬいぐるみだと、忍びないですもんね。

人は情熱を持って扱ったモノを、まるで自分の一部になったように感じます。自分の分身のように見つめます。

だから捨てるのが申し訳ない。

よし、なら供養してあげよう!

こうして針供養や人形供養が生まれたワケですが、、。

もし、愛したモノが自分の一部になるのなら、世界全てを愛すればよいのでは?

そしたら、あらゆるものを自分の一部として認識できます。ぬいぐるみや針で出来るなら、きっと難しくないはずです。

私の場合、それを最も実践してると感じる瞬間は、動物をバラして食べた時でしょうか。

調理して食べやすくして、噛み砕いてから身体に取り込む。すると文字通り一心同体となります。

幼児がテディ・ベアを飽きるまで撫で回し、自分の一部として愛するように、

私たちはリアル熊(や牛や豚)をバラバラに解体して食べ、自分の一部に取り込むことで愛します。

無邪気な幼児も汚れきった大人たちも、やってることは同じです。

自分を他者に延長するか、他者を自分まで延長するか、、

方向が逆なだけです。対象が人形でも死骸でも原理は変わりません。

どこに取り込まれても行き先が同じなら、私はバービーちゃんに取り込まれたいです。

もちろん生身のバービーで。

フォーリンラブのじゃないやつで。

タオのプーサンという本がオススメ

PezibearによるPixabayからの画像

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