「仏に逢うては仏を殺し・・」の理解は超簡単。あなたも既に経験済

禅の世界にはこんな言葉があります。

仏に逢うては仏を殺し、祖に逢うては祖を殺し、羅漢に逢うては羅漢を殺し、父母に逢うては父母を殺し、親眷に逢うては親眷を殺し、初めて解脱を得ん。

この言葉、実は超簡単に理解できます。

しかし、禅を言葉で説明すると怒られるらしいので、理解するための具体的なエクササイズをご紹介していきます。

この言葉の成立背景

この言葉はリンザイさんという昔の僧侶によるもので、弟子たちへの指導語録として著書「臨済録」に残されています。禅の思想をドラスティックに表現したものとして有名です。

近年では、ZEN(禅)は世界的な市民権を得ており、故スティーブ・ジョブス氏を始め、ビジネスマンの間にも支持者が増えてきました。ちなみに高橋みな〇さんというアイドルの座右の銘でもあるのだとか。その影響力は計り知れません。

一方で「禅は意味不明な言葉遊びだ」とのイメージも根強く、この言葉も難しいとよく言われているようですが・・

一般的な解釈

冒頭の言葉をゆるく超訳します。

仏様と出会ったのなら、仏様を殺しちゃいなよ。ご先祖様と出会ったなら、やっぱり殺しちゃいなよ。偉い人たちも殺っていいよ。両親や親族だってOKさ。

もうわかるだろう?君が尊いと思ってきた人たちを、片っ端から殺っちゃいな。そしたらYou、悟れちゃうかもよ。

随分とエクストリームな考えですね。あと殺す殺すって中二病かよ。

禅の僧侶というのは過激な発言が多いことが特徴です。

それでいて的を得てるから賛否両論。現在でいう炎上狙いに近い手法です。現代のサッカー選手で例えれば、ケイスケ・ホンダみたいなもんでしょうか。

<(`R´)> 「俺は挑発的な言葉を使う。あえてね。」

by リンザイ

画像引用元:ウィキペディア

さて、この言葉の平均的な解釈はこんな感じです。

「何事にも捉われるな。神や仏にすらも執着するな。全部思い込みかもしれないだろ?そいつを超えた先にいいものがあるよ。」

つまり殺すってのは比喩です。覚悟の話。ホントに殺っちゃダメですよ。

(=゚ω゚)ノ 「言いたいことはわかった。でも殺せとか悟れとか、怖いしハードル高いよ。」

ではその辺りを説明しましょう。

そのために、一度話を変えます!

超簡単に理解できた瞬間

先日とある高級店でハンバーガーを食べていたら、ペット殺処分ゼロを目指すチラシが目に入りました。

年々処分数は減っているそうです。避妊手術の推奨やブリーダー制度推進の結果です。素晴らしいなぁ。

(^-^;・・・。

ハンバーガーを食べながらでなければ、素直に喜べたのに。

肉を頬張りながら「殺処分が減ったぜバンザーイ!」

なんてできるかボケー!

この問題は厄介です。例えペットの殺処分がゼロになっても、更に家畜を全廃したとしても、なお根本解決しません。

保護対象が魚や植物に拡大するだけで、同じ構図の課題は消えません。私たちは何かを殺さないと生きていけない上、何かを可愛がらないと退屈な性分だから、どこかで線引きするしかない、、と思い知らされるだけです。

なんだかなぁ。

生き物をモフる悦びとか、殺すのは残酷だから嫌だとか、根拠がテキトー過ぎる。

虚しくなっちゃうなぁ。

次の瞬間、私の脳裏にあの言葉が浮かびました。

仏に逢うては仏を殺し、祖に逢うては祖を殺し、羅漢に逢うては羅漢を殺し、父母に逢うては父母を殺し、親眷に逢うては親眷を殺し、初めて解脱を得ん。

その時初めて、その真意を体得できたような気がしました。

どういうことかって?

あなたにでもできる!具体的なエクササイズ

ではハンバーガーと犬の殺処分の話を踏まえて、「仏に逢うては・・」を実践的な言葉に置き換えてみましょう。

「牛に逢うてはハンバーガーを食べ、豚に逢うてはトンカツに舌鼓をうち、鶏に逢うては焼き鳥を平らげ、魚に逢うては踊り食いに興じ、野菜に逢うてはスムージーで女子力UP、果物に逢うては残留農薬ごとかぶりつき、バイ菌に逢うてはイソ〇ンで消毒しよう。

イナゴに逢うては佃煮にし、クジラに逢うては追い込み漁をし、犬に逢うてはポシンタンを食べ、猫に逢うては三味線を弾き、ヒトに逢うてはヒト由来プラセンタを注射しよう。そしたらYou、悟れちゃうかもよ。」

もうお気づきですね?

このテーマでは「殺す」という言葉が比喩でもなんでもありません。しかも日常にありふれた行為です(少なくとも前半は)。

リンザイさん殺す殺す言ってて、怖いんですけど。

そして怖がっときながら、殺してる自覚が全くない私たちは・・輪をかけてヤバくない?

今までいろんな生物を食べてきたけど、特に抵抗はなかったですよね?それはこだわってなかったからです。

一方で犬猫やヒトを食べるのは嫌ですよね?それはこだわってるからです。とてもシンプルな話。

この原理は食に限った話ではありません。あらゆる出来事は受け取る人の解釈によって意味付けされています。そんな原理を見抜き、そいつを殺しまくれってワケなのでしょう。

これを「悟り」と呼べば抱腹絶倒。しかし一定の示唆は含まれていそうです。

ね?私の中のリトル・リンザイ?

本当に恐いのは殺すことではなく無関心

ハンバーガーを食べ終わった時、リトルは言いました。

<(`R´)> 「何事にも捉われるな。但し事実はしっかり受け止めなさい。」

<(`R´)>  「ハンバーガーも犬の殺処分も、本質的な問題ではない。」

今後遅かれ早かれ、世界の食文化に大きな変化が訪れます。

世界中の大企業が菜食文化を(実態以上に)賛美し、肉食文化を否定するように世論を巧妙に誘導するかもしれません。それがグローバルスタンダードなんだから従えとか匂わせてね。上っ面だけの腰巾着企業と真摯な企業が入り乱れ、てんやわんやが予想されます。

人と動物の関係が見直されている昨今、世界のRINZAIの言葉を噛みしめるには良い頃合いではないでしょうか。

<(`R´)> 「伸びしろですね。このチームはまだまだ強くなれると思います。」

私たちは既に悟っている?それとも、、

ちなみに禅の世界では、弟子が誤った見識を述べると、師匠に「喝!」とぶん殴られると聞きます。もし私が弟子の立場であれば、その場で師匠の四肢を切り落とし、燻製にでもして食ってやろうかと思っています。

コワイって?やりすぎだって?

ご冗談を。それぐらいやらないと師匠にも動物にも失礼です。修行や肉食は戯れではありません。命をかけた真剣勝負です。

・・その結果が毎日の食卓だなんて、考えてみると不思議ですね。

リトルが押したいって

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