うんこで悟ろう禅問答!禅は元祖「うんこ漢字ドリル」って知ってた?

話題の「うんこ漢字ドリル」を購入し、日本語を勉強中の友人へプレゼントしました。

魔法の言葉「うんこ」のおかげで大ヒットしたこの本の真価は「退屈な漢字勉強を楽しく進められる」点にあります。しかし、実はうんこの魅力を借りる手法に新規性はありません。

というのも、実は禅の関連書籍にもうんこが頻出するからです。これらは数百年前に成立した書籍ですので、うんこの魔力は普遍的であることを示す、貴重な資料でもあります。

当記事では、その一部をご紹介していきます。

時代を超えるパワーワード「うんこ」。

伝えたいことを気持ちよく、スッキリと、やわらかく表現できる。

さぁ、うんこパワーで悟りを開こう!

「無門関」第十八則

(※ 以下全て口調は超訳してあります。)

僧侶Jr.:「師匠、仏さまってなんですか?」

師匠A:「うんこをかき取るヘラだよ。」

僧侶Jr.:「師匠、仏さまってなんですか?」

師匠B:「干からびたうんこだよ。」

【ゆるゆるウンコ解説】

仏さまはキレイでうんこは汚いとすれば、仏さまの出したうんこはどっちなんだろう?

物事の優劣や正邪を決めているのは、あなたの心に他ならないよ。

全ての物事は平等だよ。

神さま仏さまも、うんこも、あなたも、何もかもが等しく価値を持っているよ。

「臨済録」上堂

ある日の講義のこと

師匠:「この肉体には仏さまがいて、常にYouの顔から出たり入ったりしているよ。まだこれを見たことのない子はいるかな?」

僧侶Jr.:「その仏さまとは一体なんですか?」

師匠:(僧侶Jr.の胸ぐらを掴んで)「ほら言ってみろ!言えぇェェ!」

僧侶Jr.「???」

師匠:「全く・・・カチカチのうんこ共め!」

師匠は帰ってしまった。

【ゆるゆるウンコ解説】

仏さまはいつもここにいる。うんこがいつもお腹の中にいて、身体を出入りしているのと似ている。何度も見たことがあるでしょ?

なのに「そのうんことは一体なんですか?」だと?この野郎。

今だってここにあるってのに。

うんこを彫って仏像でも作ってやれば拝むのか?満足するのか?

「臨済録」示衆

師匠はJr.たちにこう言った。

「レッスンなんて特別なものじゃないよ。ただ普通に過ごしてさえいればOKさ。うんこをしたりオシッコをしたり、服を着たりご飯を食べたり、疲れたら横になって寝ちゃいなよ。

これを聞くと愚か者たちは笑うよ。でも賢い人なら分かるはずさ。先人もこう言っているよ。己の外側に何かを求めるのはアホばっかだと。

Youはその場その場の主人公で在りなよ。そうすれば、youのいる場所全てが真実の場になるよ。周りで何が起きても、落ち着いて過ごせちゃうよ。」

【ゆるゆるウンコ解説】

あなたはうんこをする時に努力をするだろうか?

便秘の時はともかく、赤ちゃんの頃から自然とうんこが出来ていたじゃないか。

うんこは出すものじゃない、出てくるものだ。

同じように、この肉体をコントロールするのも、あらゆる出来事をコントロールするのも、私たちの意思ではない。自然とそうなるものだ。

快便は力まなくてもスルッと出てくるよね?修行も同じだよ。

「臨済録」示衆②

師匠はJr.たちにこう言った。

「私のオーディションに来る志願者たちは、何かに依存してる子たちばかりだよ。だからそんな子が来る度に、私はブッ叩いて指導してあげているんだよ。

手振りに依存していれば手振りをブッ叩き、言葉に依存していれば言葉をブッ叩き、見えるものに依存していれば見えるものをブッ叩くよ。未だにオリジナルを抱えて来た子は一人もいないよ。全員が先輩たちのモノマネに頼ってるんだ。

わたしにはyouに与えるような知恵は何もないよ。ただyouの病気を治し、目を覚めさせてやるだけさ。さぁ何も依存せずにあるがままで、私の所へ来る子はいないかな?私はそんな逸材とやり合ってみたいのに、何年待っても現れやしないよ。

現れるのはどれも皆キツネの化け物みたいな子で、うんこの塊ばかりを有難がっているよ。アホか。レッスン費を消費するばかりなのに、” 俺は未来のスターだ! ”などと抜かしてる。

改めて言っておくよ。本来仏さまも法もない。レッスンすべきものも、悟るべきものもない。なのに脇道に逸れて、一体なにを求めようというんだい?」

【ゆるゆるウンコ解説】

健康な時のうんこは柔らかくて排泄が楽だよね?

反対にカチカチになったうんこは出すのが大変だ。

そう、うんこの真価はフレキシブルさ。固まると扱いづらい。

いわば「うんこの塊」とは、私たちを無意識に縛っているカチカチの固定観念のことだ。

そして禅は整腸剤だよ。やわらかウンコで日々快便になろう!

ブッダですら、うんこに学んだ一人

いかがでしたか?

ご紹介したように、禅の真髄は様々なうんこに例えられてきた歴史があります。

しかしこれらは所詮言葉。発言者の真意を伝える力はありません。

理解しきれない所は、日々のうんこで実感していってください。

ちなみに仏教の開祖、ブッダことシッダルタ氏は、修行の一環としてうんこを食べていた時期があります。(しばらくしてやめた。)

うんこは古代インドでも悪者でした。そして彼自身もその概念に染まっていたからこそ、体当たりでうんこの壁を越えようとしたのでしょう。

つまり偉大なるブッダですら、うんこに学んだ同門の一人なのです。私たちが恥ずかしがる必要など、どこにもありません。

有史以来、人間に憎まれつつも愛されてきた、うんこ。

これからもきっと私たちは、うんこに学び続けるのでしょう。

それにしても例文の3/4が「臨済録」からの引用とは・・

これは単に筆者の知識が乏しいせいです。臨済がうんこ好きだったわけではありません。(願わくば)

ブリッとな

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画像提供:かわいいフリー素材集 いらすとや 様

鳩とウンチ:Gabriel FontによるPixabayからの画像

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