【病院の手術室を清掃するバイトの体験談③】年間17万件の中絶の本質

5年程前、病院の手術室を清掃するアルバイトをしていました。

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現場で最も衝撃的だったことは、「アウス」のメチャクチャな多さです。

働き始めた頃にこう思いました。

手術室の予定表で毎日のように見る、アウスってどんな手術だろう?

先輩に質問してみると、バツの悪そうな顔をされた上、しれっと煙に巻かれました。

調べてみたら納得です。それは人工中絶手術を表す専門用語でした。

中絶手術の凄まじい件数

厚生労働省のデータによると、日本における人工中絶件数は平成28年度で約168,000件。この数年にかけて5000~10,000件ずつ減っているものの、依然としてすごい数字です。

出生数に関しては平成28年度は約980,000人

つまり、約6人出産するために1人中絶しているのが日本の現実です。

とある産科医の方は、「何度やっても好きになれない」とこの手術を表現されています。

胎児たちが死んでいく現場のセッティングをしていた私も、、、もの哀しさを感じていました。

存在の耐えられない軽さ

「人生で最も幸せだった瞬間はいつですか?」

との質問に対して、「赤ちゃんが生まれた瞬間」と答える親は(父親、母親問わず)多くいらっしゃいます。その幸せな瞬間と同時に、隣の手術室では健康な赤ちゃんが中絶されたりします。これが現実です。

出産の喜びはタイミング次第である。喜び生命の誕生は、実は無関係である。

という罪のない真実が伺えます。

中絶手術は淡々と処理されていきます。

いちいち気に病んでたら、仕事にならないから。

私は所詮清掃のバイトでしたが、なんだかんだで中絶手術に慣れてしまいました。それが日常なので。医師や看護師などは言わずもがなです。

いのちの本質=コスト

中絶現場で身に染みたのは、

いのちの重さというのは、要するにコスト意識だということです。

中絶するのは産んでも ”コスト的” に育てられないから。時間やお金の養育力がないから。だったら母体の負担軽減も考えて、赤ちゃんは堕ろすのが最適です。

犬猫だって繁殖させ過ぎると困るので、避妊手術をします。あれと全く同じ。

不幸に育てたり死なせるくらいなら、生まないほうが良いという考えです。

幸せになれそうなら産む、そうでないなら堕ろす。もしくは不妊手術。

つまり・・

人間も家畜と大差ないんです。

家畜は望まない妊娠をさせ、生まれたらすぐに引き離し、適当に育てたら消費するために殺します。繁殖させすぎると面倒を見切れないからバースコントロールをして、ペイしそうなら産ませる、そうでないなら産ませない。もしくは不妊手術をする。

私たち人間も家畜と同じく、コスト意識の天秤にかけられて生まれてきました。普段意識しないけれど、紛れもなく真実です。

こうなってくると、人間には他の生物とは一線を画す価値がある!という主張は滑稽ではないでしょうか。単に他の生物との殺し合いに、勝ってきただけでは?。強者の意見が通っているだけでは?

それが全てでは?

家畜から脱却するためのステップ

仮にこの先の社会で、「避妊技術をもっと進歩」させつつ、「資源を奪い合うことではなく、与えあうことで循環するように」できれば、中絶手術は劇的に減らせるのかもしれません。

しかし、100年後も「アウスしまくり」であったならば悲しいものです。まずは牛や豚の家畜システムを見直していけば、自然と人間たちの家畜性も変わっていくと思うんだけどなぁ、、。

ただ肉を食べるだけじゃなく、その背後にあるものを見つめられるようになれば、大きなメリットに繋がると思うんだけどなぁ、、。

菜食主義や禅というのは、それを実現していくのに役立つと思うのだけどなぁ、、。

産み出して

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